『ハーヴェイ・ミルク』
石川大我さんトークイベント・レポート

2022年11月26日(土)
シモキタエキマエシネマK2

taigaishikawa20221126

この映画は10回、20回と見ていますが、実は今日が一番「重たい」と思いました。なぜかというと、ハーヴェイ・ミルクが亡くなったのが、11月27日、まさに明日ですけれども、彼は48歳と6カ月くらいで亡くなっているんですね。僕は今48歳と4カ月くらいで、来年の一月にはハーヴェイ・ミルクの歳を超えます。そういった意味で今日ほどプレッシャーを感じた回はなかったなと思いました。つまり「『ハーヴェイ・ミルク』の先を私たちはつくっていかなければいけない」。そのプレッシャーを今日感じたなと。映画を見る前は思っていなかったんですけれども、そんなことを感じました。

本作を見ると毎回必ず、今の日本と照らし合わせてしまいます。現在の日本でこの映画を見て「映画の中で起こっている事は過去なのか、未来なのか」と考えたとき、ずっと「これは未来の話だ」と感じてきました。前々回のトークイベントに呼んでいただいた時だったと思いますが、そのようなことをお話ししました。そして「なんとか映画の中の世界に追い付いて、そして追い越していかなければいけない」と述べました。しかし今日見てみると、「過去」になりつつある、あるいは日本の状況が「追いついてきたな」と感じました。

カミングアウト

カミングアウトについて言えば、まだ日本は『ハーヴェイ・ミルク』の世界を越えていない、あるいはこの時代と同じくらいなのかなと思います。僕は色々なところで大学生とお話をする機会がけっこう多いのですが、大学で「周りにLGBTの人はいますか?」と聞くと、2000年代は100人入る大教室に100人学生がいたら「身の回りに当事者の方がいる」と言うのは2人か3人でした。最近では半分くらいの人が手を挙げるようになっています。そういった意味では少しずつ、カミングアウトする人が増えているんじゃないかなと思っています。ショーン・ペンが主演したガス・ヴァン・サント監督の『ミルク』という映画でも、ハーヴェイ・ミルクは「カミングアウトすることで社会が変わるんだ」ということを強く言っています。しかし確かに増えたとは言え、なかなかまだ、容易にカミングアウトできるような状況ではないと思っています。2000年当時は、人前で自分がLGBT当事者であると話す人というのは全員知り合いで、実際には周りに10人いるかなというくらいでしたが、今はもうたくさんの当事者の方が、会社で働きつつカミングアウトしている。そういった状況が増えてきたのはいいことですが、やはりカミングアウトできる社会をこれからつくっていきたいです。僕が2002年に書いた「ボクの彼氏はどこにいる?」という本の中で、同性同士手をつないでディズニーランドに行ける社会をつくりたい、と書きました。あれから20年経ちますが、まだ同性同士が手を繋ぎ、LGBTのカップルであると分かるようにしてディズニーランドに行くというのはなかなか難しい。ということは、まだ追いついていないのかなと思っています。

  • 「ボクの彼氏はどこにいる?」
    著者がゲイであることに悩み、認め、周りにカミングアウトしていく、さわやかで感動を呼ぶ青春記。(2002年7月講談社刊、2009年3月文庫化。)

人々の意識

2000年当時は、僕が「LGBTの人権について何をしていますか」と自治体の窓口で尋ねると、「うちはそういうのはやらないから」と薄ら笑いを浮かべて「あっち行け」という感じで言われたことが何度かあります。さすがに今はそういうことはなくなったんじゃないかなと思います。最近「ポリティカル・コレクト」が「ウザい」存在として扱われる今日この頃ですけれども、でもLGBTの人権がポリティカル・コレクトになったということは、我々からしたらこれはすごいこと、大きな進歩なんじゃないかなと思います。LGBTの人権のことを話して、すぐさま「気持ち悪い」「おかしい」「変だ」という反応は返ってこなくなった。少なくとも「ああなるほどね、そのことね」と話す土壌に達してきたという意味では、僕が活動を始めて22年ですけれども、世の中がこの20年で変わって来たんじゃないかなと思います。

  • ポリティカル・コレクト
    ポリティカル・コレクトネスとは、社会の特定のグループのメンバーに不快感や不利益を与えないように意図された政策または対策などを表す言葉の総称であり、人種、信条、性別などの違いによる偏見や差別を含まない中立的な表現や用語を用いることを指す。政治的妥当性とも言われる。(「ポリティカル・コレクトネス」Wikipedia

LGBTをめぐる法整備

変わった背景に何があるというと、法整備です。2003年7月に「性同一性障害に関する特例法」ができました。これは一定の条件のもとに性別を変更できることを定めた法律です。この法律ができたことで、過去には差別用語で「オカマ」と呼ばれいじめや差別の対象だった人たちが、「性同一性障害」という形で認知をされ、法律で定められ、そして社会の中で認められていくという状況になっていきました。この「障害」という言葉はこれから変えていこうという動きになっています。

ではどこから社会が変わったか、特にLGBTの中でも社会的認知が広がったかと考えると、2013年に大阪の淀川区で、淀川区長が出した「LGBTフレンドリー宣言」だと思います。そのきっかけとなった出来事が、アメリカ総領事のパトリック・リネハンさんというゲイの当事者の方で、パートナーを連れ、ゲイであることをオープンにして大阪・神戸アメリカ総領事館に赴任されたんです。彼らカップルと、淀川区の榊区長が会い、これは大事な問題だということで、行政でLGBTのフレンドリー宣言を出すということになりました。それまで行政は触っちゃいけないもの、というか扱わないものだったのが、行政が向き合っていいものだとしたのがこの2013年の大阪淀川区だと思います。東京都でもまさに今月1日からパートナーシップ制度が始まりました。今は人口ベースで言うと60%以上の人たちがこのパートナーシップ制度があるなかで暮らしているわけです。パートナーシップ制度を条例で定めているところには、差別の禁止とアウティングの禁止という条項が入っていたりしていますので、『ハーヴェイ・ミルク』の世界に近づいたなと思います。

「『ハーヴェイ・ミルク』の先をつくっていかなくてはならない」ということで今日はすごくプレッシャーを感じましたが、ではこの「先」は何かというと、それはもう皆さんご想像の通り、「同性婚の法律をつくる」ということだと思います。今、立憲民主党と他の野党と一緒に同性婚の法律をもう一回再提出をしようとしています。2019年に一度提出したのですが、国会が解散すると廃案になってしまうので、もう一回出そうということで計画している最中です。できれば来月の頭くらいに出したいと思うのですが、もしかしたら今国会ではなく1月からの通常国会になってしまうかもしれません。ですがこの法律をなんとか成立させて、同性婚という制度ができることによって社会的な認知が広がりますし、幸せな人が増えていくという、そんな社会を一緒につくって、ハーヴェイ・ミルクに「やっとあなたの世界を先に進めることができましたよ」と報告ができればなと思っています。

  • 「LGBTフレンドリー宣言」
    「淀川区役所 LGBT支援宣言」。2013年9月に大阪府淀川区が発表した行政としては全国初の宣言。LGBTに関する正しい知識と理解を深め、少数者の人権を尊重したまちづくりを進めていくため、2014年7月にはLGBT支援を開始した。
    淀川区役所 LGBT支援宣言
    https://www.alterna.co.jp/14031/
  • パートナーシップ制度
    パートナーシップ制度は、同性同士の婚姻が法的に認められていない日本で、自治体が独自にLGBTQカップルに対して「結婚に相当する関係」とする証明書を発行し、様々なサービスや社会的配慮を受けやすくする制度。受けられるメリットは、病院で家族と同様の扱いを受けられる、公営住宅への入居に家族として入居可能、生命保険の受け取りにパートナーを指定することができる、民間の家族割などがある。2022年11月1日より東京都パートナーシップ宣誓制度の運用が始まった。
    「みんなのパートナーシップ制度」
    東京都のパートナーシップ制度
  • アウティング
    アウティングとは、ゲイやレズビアン、バイセクシャル、トランスジェンダーなど(LGBT / LGBTQ+)に対して、本人の了解を得ずに、他の人に公にしていない性的指向や性同一性等の秘密を暴露する行動のこと。アウティングはプライバシー問題、選択の自由の侵害問題などを引き起こす。(「アウティング」Wikipedia

アメリカの各地を訪れて

今年、アメリカ国務省主催のプログラム「インターナショナル・ビジター・リーダーシッププログラム」に参加し、アメリカでカストロ・ストリートを見てきました。そのことも本作を見てこれまでにないプレッシャーを感じた一因だと思います。アメリカ政府、国務省の招待をいただき、僕たちのグループは、ダイバーシティとインクルージョン、多様性と包摂性というんでしょうか、それをテーマに全米4カ所を回り、様々なNPOや団体を訪れて、活動を見せてもらうという企画に参加してきました。

はじめにワシントンDCに行きました。今はレインボー・フラッグ「プログレッシブ・フラッグ」に変わっているのですが、それがワシントンDCにはためき、同性同士手をつないで歩いている人もいるという状況でした。レインボー・フラッグは6色のタテのレインボーですが、そこにトランスジェンダーの人たちを表す水色とピンクの三角形と、有色人種の人たちを表す茶色と黒の色が加わったのが「プログレッシブ・フラッグ」です。これが、今最新です。

バーモント州のバーリントンを訪れました。ここはアメリカで初めて黒人奴隷を廃止した非常に先進的なところで、上院議員はバーニー・サンダースを生んでいるところでもあり非常にリベラルです。チャーチ・ストリートというメインストリートにもそのプログレッシブ・フラッグがお店に掲げてありました。“LGBTウェルカム”って書いてあると思いきや“All are welcome here”って書いてあるんですね。つまりLGBTとかゲイとかレズビアンとかトランスジェンダーと書くよりも、「全ての人がここでは受け入れられるんですよ」と書いてある。そのステッカーが貼ってあり、そしてレジの横にはレインボー・フラッグがささっている。そんなお店が8割、9割くらいなんです。「アメリカに行ったらレインボー・グッズを買ってくるぞ」と思っていましたが、「買いすぎて経済的に破たんしちゃうな」と思うくらいに、チャーチ・ストリートには各お店ごとのレインボー・グッズが売っていました。

あとはフロリダの少し西のはずれのペンサコーラというところに行きましたが、ここは「ミニ・トランプ」と言われるデサンティス知事がいるところで、ちょうど我々が行った7月にいわゆる“DON’T SAY GAY(ゲイと言ってはいけない)”という条例ができてしまいました。幼稚園から小学校3年生までにLGBTのことを学校教育で教えてはいけないという州法です。訪れた7月、大学のLGBTを含むダイバーシティ・センターの方たちと話をしたのですが、「じゃあ4年生になったらLGBTのことを学校で教えられるかというとそうはならないだろう」と仰っていました。つまり幼稚園から小学校3年生まで教えてはいけないと決めることで、学校教育全体の中で教えてはいけないという雰囲気ができるので、非常にこれは問題だということです。

そのあとカリフォルニアに行き、カストロ・ストリートにも訪れました。映画の中の世界と同じように「カストロ劇場」があり、看板はまさにそのままありまして、とても大きなレインボー・フラッグが入口のところで風にはためいていました。「LGBTの聖地」と言われるように、とにかくどこもかしこもレインボーです。お寿司屋さんにもレインボー・フラッグがかかっているし、いいか悪いかは別にして、ペットショップの犬までレインボー・フラッグの服を着ていて、古美術屋さんにもハーヴェイ・ミルクのちょっとした雑誌が置いてあったりしました。てっきり、ハーヴェイ・ミルクのものがあったら買いたいなと思って骨董屋さんに入ったんですけど、結局、客寄せのために貼ってあったんですね。中に入って「何かハーヴェイ・ミルクゆかりのものはないのか」と聞くと「それはない」と言われてですね。いい意味でも悪い意味でも本当にLGBTが重要視されていて、そこで自由に、もちろん同性カップルは手をつないで歩いているし、普通にカップルがお茶をしていたりという、そういったところを見るとまさにLGBTの聖地と言われ、全世界からこのストリートに集まってくるというのが「ああ、なるほどなぁ」と思いました。

最後にこの映画は未来なのか、過去のことなのかというのを考えたときにずっとこれは未来だと思っていたのが、徐々にこの20年間で、少しずつ少しずつ私たちも追い付いてきているなと思っています。ぜひ皆さんも一緒に、この映画を毎年見ることによって自分の立ち位置も確認をしていきたいと思いますし、これが完全に「過去」になるまで、皆さんとこの映画を観続けていきたいなと思っております。本当にこの日に上映していただいたパンドラの皆さんにも感謝を申し上げて、今日の私のお話としたいと思います。ありがとうございました。

  • カストロ・ストリート
    カストロ通り(カストロ地区、Castro District, The Castro)。カリフォルニア州サンフランシスコのユリーカ・バレー近郊にある地域の名称。1960年代から70年代にかけ労働者階級の住民が多く住む地域だったが、その後アメリカ屈指のゲイタウンへと変化し、今日では最大規模の一つとされる。LGBTに関連した政治運動やイベントなどの舞台ともなり、LGBTコミュニティのシンボル的存在の一つとなっている。(「カストロ通り」Wikipedia
  • レインボー・フラッグ
    レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー (LGBT) の尊厳と LGBTの社会運動を象徴する旗。1970年代から使用された。旗の色は LGBTコミュニティの多様性を表す。
  • プログレッシブ・フラッグ
    プログレス・プライド・フラッグ(progress pride flag)。6色のレインボーカラーに加え、シェブロン(山形袖章)部分に白、ピンク、水色のトランスジェンダーカラーと、茶色と黒の人種的マイノリティを表すカラーをあしらったもの。2017年6月8日、ペンシルベニア州フィラデルフィアのプライド月間キックオフイベントにて、市主宰のキャンペーン“More Color, More Pride”が、レインボーカラーに、有色人種を表す黒と茶色が加えたことに端を発する。これはLGBTQコミュニティの中でも有色人種の人々が周縁化され、無視され、意図的に排除されたりしているという事実を訴えることを意図していたが、LGBTコミュニティ内で議論を呼んだ。2018年、デザイナーのダニエル・クエイサーが、フィラデルフィアで考案されたレインボー・フラッグに、「トランス・プライド・フラッグ」(トランスジェンダーコミュニティを表す、2本の水色、2本のピンク、中央の1本の白の5本の水平ストライプから成る)を加え、「プログレス・プライド・フラッグ」をデザインし、これが次第に広がり、2020年、Black Trans Lives Matterの盛り上がりとともに急速に欧米のLGBTQコミュニティに浸透するようになった。(Pride Japan公式サイト

(※脚注:パンドラ作成)