監督・脚本:チャオ・スーシュエ
エグゼクティブ・プロデューサー:ツァオ・ユー(曹郁)/ヤオ・チェン(姚晨)
撮影監督:ツァオ・ユー(曹郁) 編集:チャン・イーファン 音響:フー・カン
美術:ジャオ・ズーラン メイクアップ&衣装:リー・ジョウ 音楽:ウルナ/イデル/ウヌル
2022年|中国|モンゴル語|96分|カラー
英題:The Cord of Life 原題:脐带(※「へその緒」の意) 配給:パンドラ
Introduction イントロダクション
広大な内モンゴルの草原を
認知症の進む母と旅するミュージシャンのアルス…
ミュージシャンのアルスは、アルツハイマー病を患う母に対する兄の介護方法に不満を抱き、母と共に故郷の草原へ帰ることを決意する。アルスは、母の徘徊を防ぐため、母と自らを太いロープで括り、広大で荒涼とした草原を“思い出の木”を探す旅に出る。あたかもふたりが<へその緒>で繋がったかのようだ。ある種の不思議な“逆転”母子愛のような繋がりが、ふたりを草原の奥深くと導く。遥か彼方まで広がる草原、季節ごとのゲル(天幕)の移動、天地に感謝を捧げる祈りの作法…生と死が隣り合わせの世界に思わず見入る。フランスで映画を学んだ1990年生まれのチャオ・スーシュエ監督のデビュー作は、昨年の東京国際映画祭を始め、各国の映画祭で上映され話題となった。
伝統と現代の文化の交錯点をベテラン女優と若手俳優のタッグで描く
監督の脇を固めるのはモンゴルが誇る女優、バドマ。ウルリケ・オッティンガー監督作“Johanna d’Arc of Mongolia”をはじめとして名だたる作品で主演女優を務めてきたバドマと、本作がデビュー作となるミュージシャン、イデルの共演は見ものである。シンガーソングライター、馬頭琴奏者、ホーミー・アーティストとして活躍してきたイデルは、本作内でも電子音楽から馬頭琴まで幅広い音色を響かせる。伝統、過去に帰りたい母と、現代の象徴とでもいえるアルスの二人が、物語に新鮮さを加えている。
内モンゴル自治区の広大な草原 その懐に抱かれるような心地よさ!
内モンゴル自治区フルンボイル市が舞台の本作。母の“思い出の木”を探す旅は、内モンゴル自治区の広大な草原を巡るロードムービーでもある。草原の美しい風景を映し出すのは、撮影監督ツァオ・ユー。『南京!南京!』(ルー・チューアン監督/2009年)でアジア・フィルム・アワード最優秀撮影賞、金馬奨最優秀撮影賞、サン・セバスチャン国際映画祭最優秀撮影賞他多数、『空海-KU-KAI- 美しき王妃の謎』(チェン・カイコー監督/2017年)で金鶏奨最優秀撮影賞、アジア映画批評家協会賞最優秀撮影賞、『エイト・ハンドレッド 戦場の英雄たち』(クワン・フー監督/2020年)で北京電影学院アカデミー賞最優秀撮影賞ノミネートなど多数の受賞歴に輝く実力派である。
Story ストーリー
内モンゴルの都会に暮らす電子ミュージシャンのアルス。人生に迷う彼の気がかりは兄夫婦と共に暮らすアルツハイマーを患う母だ。ある日、兄夫婦の家を訪れたアルスは、集合住宅の小さな部屋で、あたかも囚人のように一日を過ごす変わり果てた母の姿を目にする。息子の自分を認識できない母。見るに耐えかねたアルスは母を引き取り、母が求めてやまない故郷に連れ帰ることを決意する。草原の中でふたりだけの生活が始まるが、次第に母の病状は悪化し、徘徊を繰り返すように。ついにアルスは、母親が迷子にならないようと、縄で母と自分の体を結んでしまうのだった。まるで少女に戻ったかのようになっていく母を縛りつけたまま、ふたりは母の<思い出の木>を探す旅に出る。壮大な草原の上での伝統的なゲルでの移動の生活のなか、母は徐々に解放されていくのだったが、母の最期の時が近づいてくる…。
Cast キャスト
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バドマ 母役
1965年、中国内モンゴル自治区エジン旗で、歌手の家に生まれる。10代の頃から文芸活動に参加し、モンゴル伝統の長唄を得意とする。1989年に北京の中央音楽学院を卒業。専攻は声楽。ウルリケ・オッティンガー監督作“Johanna d’Arc of Mongolia”(1989年/ベルリン国際映画祭金熊賞候補)で映画初主演。ニキータ・ミハルコフ監督『ウルガ』(2013年)でも主演を務め、ヴェネチア映画祭で金獅子賞を受賞し、ヨーロッパ映画賞では最優秀ヨーロッパ映画賞を受賞したほか、アカデミー賞外国語映画賞、ゴールデングローブ賞の同部門にノミネートされた。その後もニン・ハオ監督作をはじめとして多くの作品で主演を務めるベテランである。“Norjmaa”(バイイン監督/2014年)第33回ファジル国際映画祭で最優秀女優賞を受賞し、同映画祭では最優秀作品賞を受賞。ヤクーツク国際映画祭で主演女優賞を、第30回ゴールデン・ルースター賞で主演女優賞を受賞している。
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イデル アルス役
内モンゴルの民族電子楽器奏者でシンガーソングライター、馬頭琴奏者、ホーミー・アーティスト。母語はモンゴル語。北京の中央民族大学音楽院を卒業。学生時代から音楽的才能に注目され、馬頭琴やフラのゲストとして中国炭鉱労働者団をはじめとする中国の芸能団体に出演したり、バンド「Horse Radio」を結成し、国内外の音楽祭に多数出演。2016年、デビューシングル「Molank」をリリース。2017年11月、ファーストEP「㏋.C.G」を公開。2019年7月、中国初のバンド成長音楽バラエティ番組「Let’s Band Together」に参加。本作で映画初主演。
Director 監督
チャオ・スーシュエ
内モンゴル自治区出身。中国で公式に認められた56の少数民族の1つであるダウル族のモンゴル人。2015年末にフランスの映画学校<École 3iS>を卒業後、パリの「KOI Films Company」で数十本の短編映画に携る。本作が長編映画デビューとなる。
舞台となっている内モンゴル自治区について
山越康裕
(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所准教授)
本作品の舞台となっているのは中国の内モンゴル自治区です。モンゴルというと、中国の北側国境に隣接するモンゴル国を思い浮かべる方が多いと思います。大相撲で活躍するモンゴル人力士のほとんどは、このモンゴル国出身です。しかし、いわゆるモンゴルを自称する人々の居住地域はモンゴル国だけではなく、内モンゴル自治区、ロシア国内などにまたがっています。大相撲でいえば、この内モンゴル自治区出身で関取となったのは2023年現在までで蒼国来関(現・荒汐親方)ただ一人です。
さて、モンゴル人の居住人口はモンゴル国が約340万人(2021年)なのに対し、内モンゴル自治区は約425万人(2020年)となっており、中国領内に暮らすモンゴル人のほうが多いのが現状です。しかしながら、内モンゴル自治区にはいわゆる中国人(漢民族)が約1900万人暮らしているため、モンゴル国よりモンゴル人人口が多いとはいえ、自治区内ではマイノリティという立場に置かれています。
内モンゴル自治区は東西にも、南北にも広いため、その気候や特徴、文化的背景をひとことで説明することはなかなかむずかしいです。北部は冬にマイナス40~50℃にもなる気候でありながら豊かな牧草地帯が広がっており、西南部はそのような厳寒期がない一方で砂漠化がすすみ、その影響が黄砂となって春に日本に飛来することでも知られています。伝統的には羊・牛・馬を飼って肉や乳、毛皮などを利用する牧畜を営んでいますが、牧畜に従事する人口も2000年代以降は急速に減少しており、都市化が進んでいます。
言語についてもモンゴル国では西部を除きモンゴル語が広く用いられていますが、内モンゴル自治区ではモンゴル語を母語としないモンゴル人も増えており、さらに近年、中国語教育の徹底が周知されたことで、ますますモンゴル語の継承が危ぶまれる事態になりつつあります。
Reviews コメント
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広大な草原から引き離されて狭いアパートの一室で暮らす母親の寂しさは、同じ経験をしたことがなければ真に理解することはできない。母を連れたアルスの旅は、母のためでもあり、母を理解しようとする自分のためのものでもあったのだろう。
山越康裕
(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所准教授) -
電子ミュージシャン、母の介護、大草原の天幕
これらの要素がひとつの物語に溶け合うさまは、
まさにアジアの未来
かつて群なす馬が駆けめぐった内モンゴル映画の地平に新しい風が吹く
『草原に抱かれて』はその証しだ石坂健治
(東京国際映画祭シニア・プログラマー/日本映画大学教授) -
原題『臍帯(へその緒)』が印象的。草原の家から、都会のコンクリート住宅へ。囲い込まれて病んだ心を癒す旅には、息子と音楽が伴走する。かつて胎内の息子に栄養を送った臍帯は、今、息子から母に差し伸べられる守護の絆紐に。静かな生死の物語が胸に迫る。
松岡 環
(アジア映画研究者) -
認知症となった母が記憶の中に探す、大地にすっくと立ちあがる樹。大空に枝を広げ葉を茂らせる樹は、同じだけの広さ深さを持って大地に根を張っているだろう。息子が知るはずもない母の人生はそんな樹に似ている。
永千絵
(映画エッセイスト) -
愛は、絆は、繋がり、私たちは今日を生きていく。
自然の中で、大きな時間の流れの中で、私たちの命も時とともに紡がれていく。
歌も馬頭琴も過去から繋がり、命とともに今、ここにある。
遠い草原の物語のはずなのになんて身近に感じるのだろう。ぜひ見てほしい映画。フルハシユミコ
(シンガーソングライター、馬頭琴奏者) -
草原に流れる繊細で軽やかな旋律が「大切なものを探す旅」に誘ってくれる。アルスの音楽に草原の風、湖の波音、鳥のさえずりが入り込んだとき、新しい楽曲となった。美しい映像は「あなたの木はどこにあるのか。それを見つける旅に出ないのか」と問いかけてくるようだ。「あなたの『一本の木』を探す旅」。それは豊穣で驚きに満ちた旅となる。この映画がそうであるように。
長倉洋海
(写真家) -
思わず「内モンゴルに帰りたい」と思ってしまうほど、リアリティのある作品。
過去に生きる母親と今を生きる若者たち。その2つの世界「過去と現在」「生と死」を、馬頭琴が繫いでゆく様に、胸が熱くなった。セーンジャー
(馬頭琴奏者・東京富士大学 准教授)